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<title>作曲日和</title>
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<modified>2006-08-24T03:37:04Z</modified>
<tagline>作曲家YOSSYの不定期日記。クラッシック音楽CD紹介。旅日記など・・・</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2006, YOSSY</copyright>
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<title>本庄という街・・そして諸井家</title>
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<issued>2006-08-23T15:25:46Z</issued>
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<summary type="text/plain">埼玉県北部にある、本庄市に住み始めて数ヶ月がたった。 JR本庄駅を降りると駅前は...</summary>
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<name>YOSSY</name>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
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<![CDATA[<p>埼玉県北部にある、本庄市に住み始めて数ヶ月がたった。</p>

<p>JR本庄駅を降りると駅前は、東京の街並みや、埼玉の中心的な街である<br />
大宮の駅前などと比べると,極めてひなびた佇まいを漂わせている。<br />
駅前の通りは閑散としており、昔からある商店も営業していない店も多く、<br />
シャッターを締め切ったままの店さえある。<br />
駅前唯一の大型店舗であった”サティ”は数年前に店を閉じ、今は<br />
パチンコ屋に変身してしまった。いかにも活気の無い地方都市という雰囲気を<br />
漂わせている駅前なのである。</p>

<p>しかし、この本庄市、歴史を辿ると以外にも歴史ある街なのである。</p>]]>
<![CDATA[<p>もともと”本庄”という地名は、古代に地方官僚として派遣されていた<br />
官人が地方豪族化し、児玉氏、児玉庄氏、庄氏と受け継がれてゆく中で、<br />
鎌倉幕府が開かれた頃に、庄氏の本宗の意味を持つ本庄氏がこの地を<br />
収めることとなったことに由来する。中世には本庄城が築城され、<br />
豊臣秀吉に落城させられるまでは本庄氏が、その後は小笠原氏が<br />
城主となる城下町でもあった。</p>

<p>　江戸時代になると、大都市間を結ぶ交通網の整備が重要な施策の一つと<br />
位置づけられたことにより、中仙道沿いにある本庄も宿場町として発展を<br />
遂げる事になる。昔から交通の拠点としてこの街から枝道が四方八方に<br />
伸びていた事もあり、西国や日本海方面より江戸に出入りする時の中継点として<br />
、また近道のための起点としても重要な位置をしめることになった。</p>

<p>　明治時代に入ると、西欧文明の導入とともに本庄にも新たな展開が<br />
見られるようになる。群馬の富岡に官営の製糸工場があったことから、<br />
その工場長であった尾高惇忠が本庄の諸井泉右衛門らに生繭の買い付けを<br />
依頼した。このことから本庄は繭市場として発展を遂げる事になる。<br />
明治16年には日本鉄道本庄駅が開設するに至り、交通の便はますます<br />
よくなり、日本一の集荷量を誇る繭市場となった。本庄にも製糸工場が出来、<br />
（最盛期には13社）、周辺の農家も養蚕によって発展した。</p>

<p>本庄は”養蚕の町”として知られる事になった。</p>

<p>この頃が本庄の最も栄えた時代だった。</p>

<p>　第二次世界大戦をへて戦後になり、製糸業の生産が再開された時には、<br />
化学繊維が台頭し、次第に製糸産業は衰退してゆく事になる。<br />
そして、製糸産業の衰退とともに、この街もかつての活気を失う事になったのだ。</p>

<p>ここまで読んで、音楽に関心がある方なら「おや？」と思ったのではないかと思う。<br />
富岡の製糸工場長であった尾高惇忠は戦後、ＮＨＫ交響楽団の前身である<br />
日本交響楽団の指揮者として、また作曲家として活躍した尾高尚忠の祖父にあたる人。<br />
（ちなみに、”尚忠”の御子息に”惇忠”という同名の作曲家がいる）<br />
そして生繭の買い付けを依頼された諸井泉右衛門の諸井家は、戦前、戦後に活躍した<br />
作曲家、諸井三郎を生んだ家である。とくに諸井家は戦国時代から本庄の地に<br />
居を構え、明治の近代化の時期の本庄に重要な役割を果たした名家でもあった。</p>

<p><br />
本庄の銀座通りと旧中仙道が交わる辺りに、本庄仲町郵便局という小さな郵便局がある。</p>

<p><img alt="hnakamachi-y.jpg" src="http://blog.cpara.com/hnakamachi-y.jpg" width="447" height="357" /></p>

<p><br />
この郵便局はかつての本庄郵便局で、諸井泉衛が初代郵便局長を務めた。<br />
この諸井泉衛が作曲家諸井三郎の祖父に当たる人なのである。この郵便局はその後、<br />
３代にわたって郵便局長を務めることになるが、２代目郵便局長であった泉衛の子、<br />
恒平はその後、秩父セメントを起こし、秩父鉄道の社長を兼務するなど、<br />
経営者として凄腕を振るった人物のようである。<br />
この諸井家からは、日本初のブルブローカー、外交官、経団連創設者など、<br />
日本の政治経済の中枢を担う数々の人物を輩出している。</p>

<p>ちなみに泉衛の家系を”郵便諸井”あるいは”東諸井”などと、<br />
当時呼ばれていたらしいが、他にも南諸井（本屋諸井）--本屋を開業していた<br />
（この家系から初代本庄町長が誕生している）。<br />
北諸井（宿屋諸井）--江戸時代に問屋を務めていた家。本庄市内に２０００坪<br />
もある庭園”五州園”をつくった家でもある（現在は結婚式場になっている）<br />
--の計３つの諸井家があった。</p>

<p>この小さな街から、その後、日本を代表する人物が飛び出していったのは、<br />
この街に住むものとしては少々誇らしい。</p>

<p>しかし、この街に、かつての繁栄をとどめる面影を感じる事が出来ないのが、<br />
少々残念な事ではある。</p>

<p><br />
参考資料：本庄歴史缶（本庄市教育委員会）、武州本庄宿ふるさと人物史１（本庄市）</p>

<p><br />
<a href="http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000169999990687">【彩影～ふるさとの建築】旧諸井家（本庄市）</a></p>

<p><a href="http://www.honjocci.or.jp/kitamirai/sitihuku_midokoro.html">■諸井家住宅と旧本庄商業銀行</a></p>

<p><a href="http://www.city.honjo.lg.jp/kurasi_info/kankou/rekisi/old_honjo/h_kindai.html">本庄市～近代本庄</a></p>

<p><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?link_code=ur2&tag=iaaaaaaaaaaaa-22&camp=247&creative=1211&location=/gp/search%3F%26index=blended%26keywords=%25E8%25AB%25B8%25E4%25BA%2595%25E4%25B8%2589%25E9%2583%258E%26_encoding=UTF8">諸井三郎</a><br />
（作曲家、音楽理論、作品解説などの書籍も多い）</p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?link_code=ur2&tag=iaaaaaaaaaaaa-22&camp=247&creative=1211&location=/gp/search%3F%26index=blended%26keywords=%25E8%25AB%25B8%25E4%25BA%2595%25E8%25AA%25A0%26_encoding=UTF8">諸井誠</a><br />
（諸井三郎の子息にて作曲家、音楽評論家）</p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?link_code=ur2&tag=iaaaaaaaaaaaa-22&camp=247&creative=1211&location=/gp/search%3F%26index=blended%26keywords=%25E8%25AB%25B8%25E4%25BA%2595%25E8%2599%2594%26_encoding=UTF8">諸井虔</a><br />
（諸井三郎の子息にて元秩父セメント社長、太平洋セメント相談役などを務めた財界人）</p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>全音スコア～ドビュッシー交響詩「海」など・・</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/12/post_7.html" />
<modified>2006-08-07T09:10:40Z</modified>
<issued>2005-12-10T07:14:06Z</issued>
<id>tag:blog.cpara.com,2005://2.18</id>
<created>2005-12-10T07:14:06Z</created>
<summary type="text/plain">先日、モーツァルトの交響曲３８番のＣＤを聴こうと思い立ち、 書棚をスコアの探索し...</summary>
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<name>YOSSY</name>
<url>http://www.cpara.com/</url>
<email>yossy@cpara.com</email>
</author>
<dc:subject>音楽</dc:subject>
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<![CDATA[<p>先日、モーツァルトの交響曲３８番のＣＤを聴こうと思い立ち、<br />
書棚をスコアの探索したら、どうも我が家にはこの曲のスコアが<br />
無いようである。<br />
大作曲家の主要な作品のスコアは揃えたつもりになっていたが、<br />
こんなに重要な曲のスコアを欠いているなんて・・<br />
と思い、近所のＣＤショップにある楽譜コーナーに足を運んだ。<br />
そこであろう事か、３８番と３９番を勘違いして買ってしまい、我が家には<br />
モーツァルト交響曲第３９番変ホ長調・・のスコアが２つになってしまった。<br />
しかも２つとも全音のポケットスコアである。</p>

<p>この全音版、貧乏学生だった頃から愛用していたが、<br />
その理由はこのスコアの値段が、他に比べて安いからというのと、<br />
巻頭に詳細な楽曲分析が載っているために、<br />
作品の勉強用としては大変利用価値が高いからだった。</p>

<p>ただし、この全音のスコア、間違いがあまりにも多い。</p>

<p>早速、このモーツァルトの３９番の交響曲にも、第２楽章の弦楽器に<br />
リズムの間違いを発見した。<br />
この間違いは、新しく買った方の楽譜で発見したので、<br />
思い立って古いほうも確認してみると、そちらも同じく間違いであった。</p>

<p>２０年の時を経ても間違いが直っていないこのスコア、信頼性は大変低いと思うが、<br />
私には別の楽しみがあった。</p>

<p>レコードを聴きながら、或いは電車の中で目をを皿のようにして眺めながら、<br />
このスコアの中に間違いを見つける。これが当時の私のにはちょっとした<br />
ゲームじみた楽しみであった。</p>

<p>しかしこの全音スコアに思わぬ重要なスコアがあることがわかった。</p>]]>
<![CDATA[<p>それはドビュッシーの交響詩「海」なのであるが・・・</p>

<div class="yossy-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="yossy-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4118920530/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/books/comingsoon_books.gif" alt="ドビュッシー〈海〉" style="border: none;" alt="no image" /></a></div><div class="yossy-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="yossy-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4118920530/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">ドビュッシー〈海〉</a></div><div class="yossy-detail">ドビュッシー <br />全音楽譜出版社 (2000/00)<br /></div><div class="yossy-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4118920530/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="yossy-footer" style="clear: left"></div></div>

<p><br />
ドビュッシーの交響詩「海」は異なる版がいくつか在るらく、<br />
調べてみると以下のようになるらしい。</p>

<p>1905年　　「１台４手によるピアノ連弾版」<br />
1905年　　「オーケストラ初版」(Durand&Fils)<br />
1909年　　「オーケストラ第２版」(Durand&Fils)<br />
1908～10年　「２台４手によるピアノ連弾版」<br />
1938年　「オーケストラ第３版」(Durand&Cie)<br />
1971年　自筆譜・1909年版・1938年版を<br />
　　　　マックス・ポンマーが校訂したスコア（PETERS社）<br />
　　　　（<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276908035/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim">音楽之友社</a>から1992年に出版）<br />
1983年　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0486298485/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim">新しい校訂版</a>（ドーバー社）<br />
　　　　（PETERS社とは違った部分あり）</p>

<p><br />
上記の全音のスコアは「オーケストラ第２版」を基にするものらしく、<br />
現在、殆どの演奏者が使用しているデュラン社から出ている「オーケストラ第３版」<br />
とは微妙に違う部分があるようである。</p>

<p>ブルックナーならいざ知らず、ドビュッシーに版の問題が在るとは知らず、<br />
少々驚いたが（とともに不勉強を少々恥じたほうがよいかも知れない・・）、<br />
このスコアを見ながらＣＤを聴くと微妙に異なる部分があって、興味深い.</p>

<p>この第２版は現在は入手困難であろうと思われるので、<br />
現在も販売されているこの全音版のスコア、<br />
以外にも非常に貴重な存在という事になる。</p>

<p>最近は我が家でも顧みられる事がなくなっていた全音のスコア、<br />
新たな価値を見つけて少々うれしくもあった。</p>

<p><br />
この曲の版の資料としては、下記の熊蔵氏のページに詳細なデータがあるので<br />
ご興味のある方は、ご参照ください。</p>

<p><a href="http://www32.ocn.ne.jp/~tenen/MER/gakufu1.htm">版による相違</a><br />
<a href="http://www32.ocn.ne.jp/~tenen/MER/XFP2.htm">海のXファイルへのエスキース12型</a><br />
<a href="http://www32.ocn.ne.jp/~tenen/XFin.htm">海のXファイルへのエスキース入り口</a></p>

<p>全音版スコアの新たな発見もあったのだが、<br />
結局、モーツァルトの交響曲３８番はアマゾンで購入する事になった。<br />
都内のＣＤショップや楽譜店で買うよりアマゾンで買うほうがずいぶんと安い。<br />
（楽譜に表示されているドル価格と殆ど同じ）</p>

<p>届くまで少々、時間がかかる事があるのが難点だけれど・・・</p>

<p><br />
この楽譜も間違いが無いかチェックしてみようか・・・</p>

<div class="composerx-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="composerx-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/048640420X/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="composerxlink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/048640420X.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="Symphony No. 35 in d Major, K385, "Haffner": Symphony No. 36 in C Major, K425, "Linz" : Symphony No. 38 in d Major, K504, "Prague" (Dover Miniature Scores)" style="border: none;" /></a></div><div class="composerx-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="composerx-detail">Wolfgang Amadeus Mozart <br />Dover Pubns (1999/02)<br />売り上げランキング: 134,073<br /></div><div class="composerx-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/048640420X/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="composerxlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="composerx-footer" style="clear: left"></div></div>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>カレル・アンチェル～政治に翻弄された悲劇の指揮者</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/10/post_6.html" />
<modified>2006-08-07T09:10:40Z</modified>
<issued>2005-10-30T00:07:15Z</issued>
<id>tag:blog.cpara.com,2005://2.14</id>
<created>2005-10-30T00:07:15Z</created>
<summary type="text/plain">先日、夜中にテレビのチャンネルを切り替えていたら、 NHKでアウシュヴィッツの囚...</summary>
<author>
<name>YOSSY</name>
<url>http://www.cpara.com/</url>
<email>yossy@cpara.com</email>
</author>
<dc:subject>音楽</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.cpara.com/">
<![CDATA[先日、夜中にテレビのチャンネルを切り替えていたら、<br />
NHKでアウシュヴィッツの囚人オーケストラに関する番組をやっていた。<br />
引き込まれる様にこの番組に見入ってしまった。<br />
（番組名は失念しまったが、多分「死の国の旋律～アウシュビッツと音楽家たち～」<br />
という番組の再放送と思われる）<p>
]]>
<![CDATA[　このアウシュビッツに存在したオーケストラは、強制労働に向かうユダヤ人たちを送迎する際に音楽を演奏したり、或いは、新たに収容所にやってきたユダヤ人達が降ろされる駅で、明るい雰囲気の曲を演奏し、人々を強制収容所やガス室にスムーズに送り込むための役割を担った。全く欺瞞に満ちたオーケストラだった。<br />
　駅に着いた人々が、オーケストラの演奏を聴いて「オーケストラが有るくらいだから、きっと悪いところじゃないんだよ」と言っていたという話を聴くと、なんとも腹立たしく悲しい気持ちになる。
　勿論、強制収容所に入れられた人にとっては、オーケストラに入る事が確実に生きていける唯一の道であり、当然のことながら応募は殺到した。番組内でインタビューされていた老婦人（ヴァイオリニスト）も自分はたまたまヴァイオリンが出来たから生きながらえる事が出来たが、一緒に収容所に入った母親はピアノしか弾けず、オーケストラには入れなかった。彼女は重労働のため病気で死んでしまったと言う。<br />
　このオーケストラの演奏する陽気な音楽は、収容所で十分な食料も与えられないのに想像を絶する重労働を強要されている人々にとっては、不快極まりない物で、戦後、開放された後も、収容所から生きて出られた人達とオーケストラメンバーには微妙な距離感があるようである。<p>

　初めてアウシュビッツのオーケストラの事を知ったのは、チェコの指揮者であるカレル・アンチェルのプロフィールの中であった。彼は1908年に南ボヘミア地方のトゥカピ出身の指揮者で、プラハ音楽院で微分音で有名なアロイス・ハーバに作曲を、ターリヒに指揮を学んだ人である。師ハーバの歌劇｢母｣の初演を指揮したヘルマン・シェルヘンのアシスタントを務めた事がきっかけとなり、彼の指揮クラスで指導を受け本格的な指揮活動の一歩を踏み出した。<br />
　1933年にはプラハ交響楽団の音楽監督に就任するも、1939年にチェコがナチス・ドイツの支配下に入ると、ユダヤ系だったアンチェルはプラハ響を追われ、アンチェル自身を含めた家族全員がアウシュビッツに移送、収容所で家族は虐殺され、アンチェルのみが生還した。この収容所の中でアンチェルは弦楽合奏団を組織し演奏を行った。その模様はナチスの宣伝用映画にも使われたのだった。<p>


<div class="yossy-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="yossy-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000687UG/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B0000687UG.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="20世紀の不滅の大指揮者たち" style="border: none;" /></a></div><div class="yossy-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="yossy-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000687UG/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">20世紀の不滅の大指揮者たち</a></div><div class="yossy-detail">アンチェル(カレル) チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 ショスタコーヴィチ ノヴァーク クレイチー ヤナーチェク スメタナ ウィーン交響楽団 <br />東芝EMI (2002/07/10)<br /></div><div class="yossy-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000687UG/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="yossy-footer" style="clear: left"></div></div>

　チェコがナチの支配から解放された後、アンチェルは楽壇へ復帰を果たし、1947年から3年間プラハ放送交響楽団の指揮者を務め、1950年にはクーベリックの後任としてチェコ･フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任する。<br />
1948年の共産党クーデターに端を発したチェコのソ連衛星国化に反発したクーベリックが辞任・亡命して以来、低迷状態に陥っていたチェコ・フィルを立て直しチェコ・フィルはターリヒ時代の栄光を取り戻した。<br />
　ところが1968年、アンチェルがアメリカ演奏旅行中に、いわゆる｢プラハの春｣事件が起こり、チェコはソ連を中心としたワルシャワ条約機構軍の軍事介入を受ける。アンチェルは旅行先で帰国を断念、亡命の道を選び、同時にチェコ･フィルの常任指揮者も辞任する。亡命後の1969年に小澤征爾の後任としてカナダのトロント交響楽団の常任指揮者に就任したが、
そのわずか4年後、亡命先のトロントで悲劇的な生涯の幕を閉じた。<p>

　アンチェルの音楽はその悲劇的な生涯にもかかわらず、何とも透明で美しい。特に「20世紀の不滅の大指揮者たち」に収録されているマルティヌーの交響曲など、この指揮者の新しい作品を演奏する事への意欲とともに、非常に良い耳と、作品の内容への完璧な理解力が備わっている事が解る素晴らしい演奏だ。<br />
お国ものともいえるドヴォルザークの交響曲第８番は熱くエネルギッシュな演奏。アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団との、言わば他流試合なので、多少演奏の荒さは有るが、曲が持っているダイナミックでかつ抒情的な側面も遺憾なく発揮させている見事な演奏。<p><br />

<div class="yossy-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="yossy-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00009SF0Y/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B00009SF0Y.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="ショスタコーヴィチ:交響曲第5番" style="border: none;" /></a></div><div class="yossy-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="yossy-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00009SF0Y/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">ショスタコーヴィチ:交響曲第5番</a></div><div class="yossy-detail">アンチェル(カレル) チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 ショスタコーヴィチ <br />コロムビアミュージックエンタテインメント (2003/07/23)<br /></div><div class="yossy-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00009SF0Y/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="yossy-footer" style="clear: left"></div></div>

<p><br />

ショスタコーヴィチの交響曲第5番は手兵チェコ・フィルハーモニー管弦楽団との演奏だが、水も漏らさぬ緊密なアンサンブルと、集中力の高い音楽表現が、ショスタコーヴィチの作品の中でも古典的なフォルムを持つこの曲を見事にまとめあげている。この演奏を聴くと、アンチェルが見事なオーケストラビルダーであり、かつ音楽家としても非の打ち所が無い、いかにすごい指揮者であったのかが良くわかる演奏だ。<p>

この素晴らしい指揮者、西側への亡命後程無くして亡くなってしまったので、我々に残された音源は殆どがチェコフィルとのもの。もっと長生きしてくれたらもっとたくさんの素晴らしい演奏を聴けたに違いないし、彼の評価も全く違ったものになったであろうことは想像するに難くない。
アンチェルは死後、祖国に戻り、プラハのヴィシェフラド墓地にスメタナ、ドヴォルザークなどのチェコの偉大な作曲家とともに眠っている。<p>

<u>関連リンク</u><p>

<a href="http://members.jcom.home.ne.jp/katoa/02akiyama.html">時を越えて響く音 －２０世紀のユダヤ人音楽家－ </a><p>
<a href="http://www.watashi.ne.jp/cgi-bin/nakakuni/diary.cgi?start=717&pass=">風景写真よもやま話</a><p>

<a href="http://www.kore-eda.com/postoffice/20040201_01.htm">ハンカチにこめられた祈り</a><p>

<a href="http://www.asahi-net.or.jp/~VR3K-KKH/polandczech/diary2/day_9_10/day_9_10.htm">ポーランド・チェコ旅日記（Day9+10）</a><p>

<a href="http://www.aria-cd.com/yomimono/vol16.htm">演奏家特集　カレル・アンチェル</a><p>

<a href="http://patachonf.free.fr/musique/ancerl/index.php">Karel Ancerl</a><p>

<a href="http://www.asahi-net.or.jp/~VR3K-KKH/musicandauschwitz/artist/vysehrad/vysehradcemetery.htm">プラハ・ヴィシェフラド墓地</a><p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>フォーレの墓前にて～～ガブリエル・フォーレ「レクイエム」</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/08/post_5.html" />
<modified>2006-08-09T14:56:21Z</modified>
<issued>2005-08-09T06:40:08Z</issued>
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<created>2005-08-09T06:40:08Z</created>
<summary type="text/plain">　まだ３月初旬だというのに初夏の装いさえ感じさせる異常な気象のパリに私達はいた。...</summary>
<author>
<name>YOSSY</name>
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<email>yossy@cpara.com</email>
</author>
<dc:subject>音楽</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.cpara.com/">
<![CDATA[　まだ３月初旬だというのに初夏の装いさえ感じさせる異常な気象のパリに私達はいた。<br />
パリの伝統ある美しい町並み、シェフ達が腕によりをかけた美味しい料理、<br />
美術館で見ることが出来た名作の数々、一流のバレエ団が演じるモダンバレエ、<br />
そして伝統と気品溢れる教会。<br />
私達はパリの数日間の滞在でこの街の魅力を十分に感じることが出来た。<p>

その旅行も終わろうという最終日の午前中、私達は思い立ってある墓地に来ていた。<br />
パリの西側にあるエッフェル塔から、セーヌ川を挟んでちょうど反対側にある小さな墓地。<br />
パッシー墓地という名のこの墓地に、ある有名な作曲家が眠っている。<p>

彼の名はガブリエル・フォーレ。<p>

音楽を学んだことがある人なら、彼のことを知らない人はいないだろうが、<br />
一般の人で彼のことを知っている人はそう多くない。<br />
実際、フランスでもフォーレと言っても中々わからないらしく、<br />
"あの有名な「レクイエム」を書いたガブリエル・フォーレ"<br />
と彼の代表作を挙げなければ思い出してもらえないそうである。<p>

墓は、思いのほか質素で、パリ音楽院の楽長まで勤め、<br />
近代フランス音楽を黄金期に導いた作曲家のものとは思えないほどであった。<br />
あまり訪れる人もいないと思われる墓には家族と思われる何人かの名前も記されていた。<p>

<img alt="faure.JPG" src="http://www.cpara.com/blog/archives/faure.JPG" width="256" height="364" alt="フォーレの墓" hspace="40"  /><p>

]]>
<![CDATA[１８４５年生まれのフォーレは幼年時代からその才能を認められ、<br />
９歳から２０歳までの間、パリの音楽学校で宗教音楽の教育を受けた。<br />
その後、地方の教会のオルガニストを勤めていたが、<br />
ミサの間に抜け出てはたばこを吸っていたり、<br />
前夜のパーティーの衣装のままミサに出席したり、<br />
およそ地方の信者達の眉をひそめさせるような行動ばかりしていたようだ。<p>

フランスの田舎町は、まだ若かったフォーレにとっては文化的な刺激もなく、<br />
退屈で欲求不満の日々だったのだろうか。<p>

後に彼は職を辞しパリに出ることになる。<p>

その後、師でもある作曲家のサンサーンスの推薦で<br />
パリに小さな教会のオルガニストの職を得、移り住むことになった。<br />
１９２４年に没するまでこの街に住んだフォーレは、<br />
教会職としてはマドレーヌ寺院の礼拝堂楽長、<br />
後に大オルガニスト奏者と重要なポストを任されていった。<p>

彼の作品は室内楽作品、独奏曲が多く、宗教曲はそれほど多くない。<br />
オルガン曲も自身がオルガニストだったのにもかかわらず、<br />
作品リストには何故か見当たらない。<p>

声楽曲、合唱曲は比較的多く、ミサ曲は２つある。<br />
その一曲が有名な「レクイエム」である。<br />

この曲を書いたとき、フォーレはマドレーヌ寺院の礼拝堂楽長を勤めていた。<br />
礼拝堂楽長の仕事は教会の典礼聖歌の伴奏<br />
（入祭、聖体拝領、閉祭などは聖堂後部の大オルガンを担当するオルガニストが演奏する）、<br />
聖歌隊の指導（当時、女性は聖歌隊に入れなかったので少年たちと男性）などであった。<p>

この教会は国家的な儀式のミサも多く、そのせいか聖職者はきわめて保守的であった。<br />
このフォーレの「レクイエム」も、ミサで初めて演奏されたとき、<br />
司祭は当時まだ無名にだった作曲家を呼んでこう言った。<br />
「フォーレ君、われわれにはあのような新しい曲は必要ないのだよ。<br />
われわれのリストには、十分すぎるほどのレパートリーがあるのだから。わかるだろう？」<p>

後に、この曲が、そのレパートリーの重要なひとつになろうとは、<br />
当時の聖職者には到底考えつかなかったのだろう。<br />
このような保守的な空気の中、彼は自分自身の楽しみのため、<br />
この「レクイエム」を作曲したのだった。<p>

この曲は、それまでのレクイエムが、<br />
死を恐れと共に受け入れなければならないものだったとすると、<br />
彼のレクイエムは、死は何の恐れも抱く必要が無く、<br />
穏やかな平安の気持ちでそれを受け入れることができるものだ、<br />
ということを音楽を通して初めて表現したものだった。<p>

グレゴリオ聖歌風の美しい旋律と、天上的な美しい和音の響き、<br />
天使の羽に包まれて天に上っていくかのような美しい音楽は、<br />
その当時の"死者のためのミサ"には無いものだった。<br />

きっと、かれはこのミサ曲を書くために命を与えられたに違いない。<br />
そう思いたくなるぐらいに、独自で、美しく、感動的な音楽なのである。<p>

フォーレの音楽はカトリック音楽の源流とも言うべき、<br />
グレゴリオ聖歌の重要な伝統も受け継いでいる。<br />
それは表面的な類似ではなく、精神的内容である。<br />

グレゴリオ聖歌は音楽的にはきわめて単純で、<br />
聞き手の耳を楽しませるような気取った作りは何も無い。<br />
いわば余白だらけの音楽で、普通の人が聞いたら、<br />
つまらない音楽に聞こえるかもしれない。<p>

しかし、まさにここに宗教音楽としての重要性が包含されている。<br />
この余白があるおかげで、人は音楽と共に祈ることができる。<br />
音楽を演奏する、或いは聴くという行為のほかに、<br />
音楽と共に祈るという事ができるのである。<br />
いや、もしかしたら逆に、祈りたいという気持ちが、<br />
この余白を祈りで埋めつくすのかもしれない。<br />
そうした気持ちを持つ人にとっては、グレゴリオ聖歌はまさに祈りで満ちた音楽となる。<p>

フォーレの音楽も同様なことがいえるである。<br />
フォーレの「レクイエム」は単純だが、祈りに満ちた音楽となるべき精神を、<br />
この伝統から受け継いでいるのである。<p><br />


気づくと、私たちの後からこの墓地を訪れた人たちが、なにやら墓を探しているようだ。<br />
しばらくすると、中年のご婦人が疲れて石の上に座っていたご老人に向かって手招きしている。<p>

「ドビュッシー！」。<p>

<img alt="debussy.jpg" src="http://www.cpara.com/blog/archives/debussy.jpg" width="180" height="261" alt="ドビュッシーの墓" hspace="40" />
<p><br />


フォーレの墓の反対側にある同じフランスの作曲家、ドビュッシーの墓を見つけたらしい。<br />
老人はやおら腰を上げゆっくりとそのご夫人のほうに歩いていった。<br />
すれ違うときにふと声をかけたくなった。<p>

「ドビュッシーの反対側にフォーレのお墓があるのですよ。」<br />
「あの有名な「レクイエム」を作曲したガブリエル・フォーレですよ！」<br />
しかし、言葉は音にならず、パリの青い空に高く昇っていった。<p><br /><br />

<div class="yossy-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="yossy-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005Y14W/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B00005Y14W.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="フォーレ:レクイエム" style="border: none;" WIDTH="130" HEIGHT="130" /></a></div><div class="yossy-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="yossy-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005Y14W/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">フォーレ:レクイエム</a></div><div class="yossy-detail">クリュイタンス(アンドレ) パリ音楽院管弦楽団 フィッシャー=ディースカウ(ディートリッヒ) アンヘレス(ヴィクトリア・デ・ロス) エリザベート・ブラッスール合唱団 ピュイグ=ロジェ(アンリエット) フォーレ <br />東芝EMI (2002/03/06)<br />売り上げランキング: 4,395<br /></div><div class="yossy-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005Y14W/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="yossy-footer" style="clear: left"></div></div><p><br />
<FONT SIZE="2">
フォーレの「レクイエム」の不滅の名盤として長く愛され続けてきているもの。<br />
私もこのＣＤがあったら他のものは要らないというくらい気に入っている。<br />
合唱が淡い霞がかかった様な音色で極めて美しい。<br />
オルガンは東京芸大でも教鞭を取っていたピュイグ=ロジェ女史。<br />
</FONT><p><br />

<div class="yossy-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="yossy-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000066ABN/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B000066ABN.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="ラシーヌ雅歌(フォーレ:合唱&歌曲集)" style="border: none;" WIDTH="130" HEIGHT="130" /></a></div><div class="yossy-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="yossy-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000066ABN/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">ラシーヌ雅歌(フォーレ:合唱&歌曲集)</a></div><div class="yossy-detail">オールディス(ジョン) ウバール(フランソワ・アンリ) グループ・ヴォーカル・ド・フランス フォーレ ゴーセ(ベアトリス) ソージー(パスカル) オリリー(グラハム) クロード(セシル) <br />東芝EMI (2002/06/19)<br />売り上げランキング: 9,579<br /></div><div class="yossy-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000066ABN/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="yossy-footer" style="clear: left"></div></div><p><br />

<FONT SIZE="2">音楽学校の卒業制作としてかかれた「ラシーヌ雅歌」、<br />
キリエ、サンクトゥス、ベネディクトゥス、アニュスデイの４曲からなる小ミサが入っている。<br />
両曲ともフォーレの最も美しいページの一つ。</FONT><p>]]>
</content>
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<entry>
<title>ドビュッシー　「映像」 ～ pf ピエール=ロラン・エマール</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/07/_pf.html" />
<modified>2006-08-07T09:10:43Z</modified>
<issued>2005-07-16T07:22:32Z</issued>
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<created>2005-07-16T07:22:32Z</created>
<summary type="text/plain">久しぶりにドビュッシーのＣＤを聴いた。 「映像」。演奏はピエール=ロラン・エマー...</summary>
<author>
<name>YOSSY</name>
<url>http://www.cpara.com/</url>
<email>yossy@cpara.com</email>
</author>
<dc:subject>音楽</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.cpara.com/">
<![CDATA[久しぶりにドビュッシーのＣＤを聴いた。<br />
「映像」。演奏はピエール=ロラン・エマール。<p>

私にとってドビュッシーという作曲家は<br />
クラシック音楽に開眼させてくれた作曲家ということもあり、少々因縁深い。<p>

私は幼年期からほぼ成人にいたるまで、<br />
モーツアルトやベートーベンなどのドイツの古典音楽が、<br />
あまり好きではなく、ほぼ嫌悪に近い状態だったので、<br />
初めてドビュッシーのピアノ音楽に触れたときには、<br />
その音の響きの美しさと、ドイツ音楽とは違う斬新な和音進行に<br />
心を奪われんばかりに驚き、感動した。<p>

<div class="yossy-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="yossy-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000A125E/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B0000A125E.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="ドビュッシー:映像第1集&第2集" style="border: none;" /></a></div><div class="yossy-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="yossy-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000A125E/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">ドビュッシー:映像第1集&第2集</a></div><div class="yossy-detail">エマール(ピエール=ロラン) ドビュッシー <br />ワーナーミュージック・ジャパン (2003/08/20)<br />売り上げランキング: 97,925<br /></div><div class="yossy-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000A125E/iaaaaaaaaaaaa-22/ref=nosim" name="yossylink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="yossy-footer" style="clear: left"></div></div>
<p><br />
]]>
<![CDATA[ドビュッシーの音楽は古典音楽とは違い、<br />
”音の響きの自由な推移が時間を構成している”<br />
と捉えなければ、ドビュッシーらしく響かない。<br />
それは様々なフレーズが構造的に織り成し、<br />
弁証法的な時間を形成する古典音楽とは<br />
基本的に異なる音楽である。<p>


だから、彼の音楽は、響きの質は複雑でこだわりが有るけど、<br />
フレーズ構造は以外にシンプルだったりする。<p>


「映像」はそんなドビュッシーの音楽の中でも、<br />
私のもっともお気に入りの作品であった。<p>


実はエマールの演奏、１０年ぐらい前に京都で聴いたことがある。<br />
「フランス音楽アカデミー・アンサンブル　スペシャルコンサート」<br />
というコンサートで、”京都フランスアカデミー”の講師として来日した折の、<br />
講師陣によるスペシャルコンサートなのであるが、<br />
このとき、彼はセルメットというピアニストと<br />
２台ピアノによるラヴェルの「ラ・ヴァルス」を演奏した。<p>


この演奏が本当に素晴らしかった。<p>


弦が切れるかと思うほど、激しく情熱的な演奏だったけど、<br />
その激しさが、ラベルの美しい響きを損なうことなく、<br />
その美しい音楽とエネルギーが高度にバランスした<br />
素晴らしい演奏だった。<p>


彼は、当時、名前が知られているピアニストではなかったけれど、<br />
このようなレベルの高い、あまり知られていない演奏家がいることを知り<br />
ヨーロッパの演奏家の層の厚さに、本当に驚いたのだった。<p>


<FONT SIZE="1">　　蛇足になるが、私を含めて何人かの作曲家、作曲家の卵、作曲家ジルベール・アミ<br />
そしてエマールとでコンサートの前に食事をしにいったのを憶えている。<br />
彼は器用にお箸を使い、和食を舌鼓を打っていたっけ。</FONT><p><br />


元来、この曲の演奏はミケランジェリの演奏が一番気に入っていて<br />
このＣＤさえあれば他は要らない・・と考えるほどだったけれど、<br />
今回、エマールの演奏を聴いて、少々考えが変わった。<p>


<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006BGT5/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B00006BGT5.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="ドビュッシー:前奏曲集第1巻" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006BGT5/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank">ドビュッシー:前奏曲集第1巻</a></div><div class="amazlet-detail">ミケランジェリ(アルトゥーロ・ベネデッティ) ドビュッシー <br />ユニバーサルクラシック (2002/09/25)<br />売り上げランキング: 86,814<br /></div><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006BGT5/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div><p><br />

ミケランジェリは完璧主義者で、ＣＤを聴いても<br />
その非の打ち所がない演奏に、畏敬の念を憶えるほどである。<br />
音は美しく磨かれ、曖昧な音は一つもなく、完全な彫刻として<br />
音楽は我々の耳に至る。<p>


しかしその分、他の入り込むのを拒否するかのごとく、<br />
孤高で非情な印象も持ってしまうこともあるのも事実である。<br />
本当に素晴らしい演奏であるけど、毎日、付き合うには少々気が重い・・・<br />
そんな感じであろうか。<p>


エマールの演奏には、もう少し風通しの良い雰囲気と、<br />
開かれた音の印象がある。<br />
決して、完成度を欠いているという意味ではない。<br />
聴衆の方を向いた開かれた演奏、<br />
そういっても良いかもしれない。<p>


我が家にお気に入りのＣＤがまた１枚増えた。<p>

]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>「パリの奇跡」メディアとしての建築～を読む</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/06/post_4.html" />
<modified>2006-08-07T09:10:42Z</modified>
<issued>2005-06-19T15:22:33Z</issued>
<id>tag:blog.cpara.com,2005://2.8</id>
<created>2005-06-19T15:22:33Z</created>
<summary type="text/plain">パリの奇跡―都市と建築の最新案内posted with amazlet at 0...</summary>
<author>
<name>YOSSY</name>
<url>http://www.cpara.com/</url>
<email>yossy@cpara.com</email>
</author>
<dc:subject>お勧め本</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.cpara.com/">
<![CDATA[<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022612223/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/4022612223.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="パリの奇跡―都市と建築の最新案内" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022612223/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank">パリの奇跡―都市と建築の最新案内</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4022612223/iaaaaaaaaaaaa-22" title="パリの奇跡―都市と建築の最新案内" target="_blank">amazlet</a> at 05.06.20</div></div><div class="amazlet-detail">松葉 一清 <br />朝日新聞社 (1998/05)<br />売り上げランキング: 290,904<br /></div><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022612223/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>

<p><br />
「パリの奇跡」～メディアとしての建築<br />
を読んだ。<br />
パリには下記記事のように昨年旅行に行ってきたＹＯＳＳＹだけど、この本を読んで、自分が見てきたのは、パリの現実の（歴史の）切り取られたほんの一部だったということを再認識したしだいだ。</p>

<p>この本の中では新しいパリ（それは古い伝統的なパリを息づかせる役割を担っている）がいくつか紹介されているが、中でも「グラン・アルシュ」（新凱旋門）のある”ラ・デフォンス”にはいくべきだったったかなぁ・・と思った。ここはいわゆるパリの「新都心」で、オフィス地区なのだが、注目すべきは、この「グラン・アルシュ」はルーブルにある「カルーゼル凱旋門」から「コンコルド広場」、「シャンゼリゼ大通り」そして「凱旋門」を通る軸の延長線上に在るということだ。</p>

<p><br />
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061489860/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/books/comingsoon_books.gif" alt="パリの奇跡―メディアとしての建築" style="border: none;" alt="no image" /></a></div><div class="amazlet-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061489860/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank">パリの奇跡―メディアとしての建築</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4061489860/iaaaaaaaaaaaa-22" title="パリの奇跡―メディアとしての建築" target="_blank">amazlet</a> at 05.06.20</div></div><div class="amazlet-detail">松葉 一清 <br />講談社 (1990/02)<br /></div><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061489860/iaaaaaaaaaaaa-22" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div></p>

<p><br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>それはいわばパリの歴史の軸の延長線上に新しいパリがある・・ということを示す、印（シーニュ）だということになる。しかもこの軸とルーブル博物館の建物の軸は6度だけずれているそうなのであるが、このずれを利用して「グラン・アルシュ」も6度傾けてレイアウトしているという。いわば歴史への敬意・・と言うべきものである。（何と言う粋な計らいだろう！）</p>

<p>他にもパリには新しい注目すべき建物があるようだ。たとえばモンパルナスの「コロン」（これは古代ローマ風の円柱広場のアパート）、「アラブ世界研究所」（建物の外壁のアルミパネルのアラブ文様を電動で動かしている）、マルス・ラ・バレにある「ピカソ・アリーナ」（ノートルダム寺院の現代版パロディーのようなアパート）を筆者はあげている。写真で見てるだけでも、どの建物も興味深く思える。</p>

<p>　次回、パリに行ったときにはぜひこれらの建物を見てみたいと思っている（「ピカソ・アリーナ」は遠過ぎるから無理かも・・）。</p>

<p>しかし、実はこれらの建物が、パリの古い伝統的な建物を新たに捉えなおす機会を作ったと言うことも出来るわけで、一見珍奇に見える風変わりな建物も新たな時代を切り開く”メディア”としての役割を担っていると言うことが理解できて面白かった。</p>

<p>パリに興味のある方は、一度読んでみることをお勧めする。<br />
<p><BR><BR><BR></p>

<p>クリスマスの「新凱旋門」の写真あり（美しい！）<br />
<a href="http://taisuketti.exblog.jp/1374734/">”パンダから君へ”～パリに住んでる吉田パンダさんのブログ</a></p>

<p>凱旋門からのパリの風景（バックの音楽がとっても美しい！！何の曲？）<br />
<a href="http://brownie-speaks.blogzine.jp/browniespeaks/2005/06/0036__5acc.html">”BrownieSpeaks”～buraniiさん</a></p>

<p>「グラン・アルシュ」（新凱旋門）の写真あり<br />
<a href="http://ks-france.way-nifty.com/ksfrance/2004/11/post_4.html">”KS_FRANCE”</a></p>

<p>「アラブ世界研究所」の写真あり<br />
<a href="http://blog.kansai.com/mont/73">もんパリ日記～もんさん</a></p>

<p>「アラブ世界研究所」の内部写真あり<br />
<a href="http://homepage.mac.com/kch_kato/iblog/C820387835/E2072701750/index.html">Life in Paris～加藤耕一さん</a><br />
<a href="http://homepage.mac.com/kch_kato/paris/photo/paris-photogallery.html">写真ギャラリー　</a></p>

<p>「ピカソ・アリーナ」の写真あり<br />
<a href="http://www7.ocn.ne.jp/~yellow/a-pica.html">YellowLife21</a><br />
「新凱旋門」の写真あり<br />
<a href="http://www7.ocn.ne.jp/~yellow/a-argi.html">YellowLife21</a></p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>デースケドガーって知っていますか？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/06/post_3.html" />
<modified>2006-08-07T09:10:42Z</modified>
<issued>2005-06-11T08:47:18Z</issued>
<id>tag:blog.cpara.com,2005://2.7</id>
<created>2005-06-11T08:47:18Z</created>
<summary type="text/plain">最近、ブログを見ていたら面白い物を発見しました。 「デースケドガー」これ何だか分...</summary>
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<name>YOSSY</name>
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<email>yossy@cpara.com</email>
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<dc:subject>インターネット</dc:subject>
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<![CDATA[<p>最近、ブログを見ていたら面白い物を発見しました。</p>

<p>「デースケドガー」これ何だか分ります？？</p>

<p>「その昔・・・といっても十数年前、私が会社に入って3年目に配属された職場の大先輩(愛知県三河地方の出身)のTELに驚きました。 ○○株式会社の××ですけどがぁー」と名乗る・・・。『ですけどがぁー』って否定の否定??などと思ったものですが・・・インパクトが有って、未だにそのフレーズが耳に残っています。 <br />
<a href="http://www5e.biglobe.ne.jp/~purest/dersukedogar/dersukedogar.html">「デースケドガー」</a>から引用</p>

<p>からきている言葉なのですが、</p>

<p>それでどうしたの・・って思うかもしれませんが・・・</p>

<p><br />
これは実際には存在しないキーワードを基にウェブサイトを開き、その言葉を基にして検索エンジン<br />
最適化を争う「ＳＥＯ コンテスト」を行うというある種の企画なのですね。</p>

<p><br />
コンテストの結果は<a href="http://www.seo-association.com/">ここ</a></p>

<p><br />
ＳＥＯとは検索エンジン最適化（Search Engine Optimization）のことで<br />
要するに、検索エンジンで、あるキーワードで検索した結果、出来る限り<br />
上位に表示されるためにＨＰを最適化することです。</p>

<p>それをこの意味無い「デースケドガー」って言葉で争そっているのが<br />
面白いのですが、さらにこんなのもあって傑作です。</p>

<p><a href="http://seo.hayashiwebsite.nobody.jp/">デースケドガー政府観光局</a><br />
うそワードでここまで真剣にＷｅｂを作り込む努力には<br />
頭がさがります。</p>

<p>まぁここまで出来る人たちはＨＰ制作のコンサルタントとして<br />
将来一本立ちできる人たちなのかもしれません。</p>

<p><br />
インターネットで見つけたちょっと面白い話・・でした。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>  武満徹－マイ・ウェイ・オブ・ライフ </title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/05/post_1.html" />
<modified>2006-08-07T09:10:42Z</modified>
<issued>2005-05-20T15:14:06Z</issued>
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<created>2005-05-20T15:14:06Z</created>
<summary type="text/plain">「すばる」の６月号を見ていたら、武満眞樹氏（武満徹の長女）による”武満徹『マイ・...</summary>
<author>
<name>YOSSY</name>
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<dc:subject>音楽</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.cpara.com/">
<![CDATA[<p><a href="http://www.shueisha.co.jp/CGI/magazine/rack.cgi/magazine/subaru.html?key=detail&zashimei=subaru">「すばる」の６月号</a>を見ていたら、武満眞樹氏（武満徹の長女）による”武満徹『マイ・ウェイ・オブ・ライフ』－ベルリン、パリ、そして東京へ”という文章が載っていた。</p>

<p>この雑誌、本来この記事を見たくて読んだのではなく、昨年すばる文学賞を受賞し芥川賞候補にもなった中島たい子氏が新作を書いているようなので、ちらちらとページをめくっていたら、この文章に遭遇したのだ。</p>]]>
<![CDATA[<p>中島たい子はまぁいいとして・・・武満徹『マイ・ウェイ・オブ・ライフ』であるが、アドバイザーとしても公演に参加した武満眞樹氏によって、この公演の成り立ちから、ドイツ-ベルリン州立劇場、<a href="http://mclassic.excite.co.jp/mclassic/member/05-05/special/index7.dcg">フランス-パリ　シャトレ座</a>の２公演の内容が詳細にレポートされていた。<br />
　この公演の身内のレポートなので当たり障りなく・・・・みたいな内容ではなく、この公演の成立の過程がビビッドにわかって面白かった。<br />
（この眞樹さん武満の音楽の使われ方が気に入らなかったらしくかなり演出に文句を言ったらしい、<br />
演出家は演出家で怒ってたらしいが・・・こういう丁々発止の裏側も興味ありますねぇ）</p>

<p>　私はこの公演、武満が書こうとしていたオペラの代替公演のように思ってしまっていたのですが、もっと<br />
積極的でチャレンジングなもののよう。<br />
面白いと思ったのは、演出家のムスバッハが武満の音楽を「テクスト」として扱っていると言うこと。武満の音楽はむしろ言葉から離れ、言葉が語りえない何物かを表現することに血道を注いできた風があるのだが、それを「テクスト」として扱うとどういうことになるのだろか？</p>

<p>　なかなか興味深い。・・・・とはいっても日本公演は四月に終わったようだしもう見れないようですねぇ。<br />
７月以降、NHKのBSでドキュメント、教育テレビの芸術劇場で公演の録画が放送されるらしいで、そちらを見ることにしましょう。</p>

<p><br />
以下解説　****************************************</p>

<p>武満が晩年、ノーベル賞作家の大江健三郎と「オペラを作る」という本を上梓するなど、現代のオペラの可能性を探っていたことはよく知られている。フランスのリヨン歌劇場を軸にした共同制作を模索、若い男女のラブストーリーを人間の記憶と絡めて描く作品を構想した。<br />
しかし、武満が九六年に急逝。その時、映画「ワイルド・アット・ハート」の原作者であるバリー・ギフォードが台本化するところまで進んでいた、という。</p>

<p>　今回の「マイウェイ・オブ・ライフ」は、当時のリヨン歌劇場の総監督と音楽監督として、構想実現に奔走したシャトレ座総支配人のジャン・ピエール・ブロスマン、指揮者のケント・ナガノが尽力したもの。これにムスバッハが加わり、武満の音楽を繋ぎながら、1人の女性が人生を回顧するという新しいスタイルの作品に仕上げた</p>

<p>関連サイト<br />
<a href="http://mclassic.excite.co.jp/mclassic/member/05-05/special/index7.dcg">“my way of life” in Paris<br />
現地ルポ 「マイ・ウェイ・オブ・ライフ」パリ公演</a><br />
<a href="http://members.jcom.home.ne.jp/dannoura/schedule.html">武満徹－マイ・ウェイ・オブ・ライフ </a></p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>パリ日記～3日目　ペールラシェーズ墓地＆オペラ座＆お買いもの</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/05/3.html" />
<modified>2006-08-07T09:10:41Z</modified>
<issued>2005-05-01T04:33:10Z</issued>
<id>tag:blog.cpara.com,2005://2.5</id>
<created>2005-05-01T04:33:10Z</created>
<summary type="text/plain">３日目は、ペールラシェーズ墓地。オペラ座を見学、デーパートでお買いもの そして夜...</summary>
<author>
<name>YOSSY</name>
<url>http://www.cpara.com/</url>
<email>yossy@cpara.com</email>
</author>
<dc:subject>パリ日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.cpara.com/">
<![CDATA[３日目は、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%BA%E5%A2%93%E5%9C%B0" target="_blank">ペールラシェーズ墓地</a>。<a href="http://www.opera-de-paris.fr/" target="_blank">オペラ座</a>を見学、<a href="http://www.printemps.com/index.aspx" target="_blank">デーパート</a>でお買いもの<br>
そして夜にバスティーユでバレエ鑑賞と盛り沢山。<p><br>

<img src="http://www.cpara.com/blog/archives/garnie-1.jpg" alt="パリオペラ座エントランスホール"></a><p><br>

]]>
<![CDATA[午前中はパリ市内の東方のあるペールラシェーズ墓地にショパンのお墓をお参りにいった。<br>
この墓地、有名人が多く眠っているため観光客が多く、入り口の案内板には多くの人が群がっていた。<br>
ショパンのお墓は、訪れる人がさすがに多いようで、多くの花束がおいてあった。<p>

<img src="http://www.cpara.com/blog/archives/tn010.jpg" alt="ショパンの墓-ペールラシェーズ墓地"></a><p>

もう１つ見ようと思ったマリアカラスのお墓は、<br>
ガイドブックに載っている場所とは少し違うのか、確認できず。<p>


その後、市内中心部へ移動。<a href="http://www.opera-de-paris.fr/" target="_blank">オペラ座</a>を見学する。<br>
オペラ座前で危うく記念写真屋につかまりそうになりながらオペラ座内へ。<br>
内装の豪華さに驚く。<p>

<img src="http://www.cpara.com/blog/archives/garnie-02.jpg"></a><p>

建物全体が立派な美術作品のよう、演目なんか関係なくここで<br>
一度はオペラを見てみたいと思った。
もう一週間ぐらい遅い日程だったら、<br>
小沢征爾指揮のラベルとプッチーニ<br>
が見られたのに・・残念ながら今回のの旅では日程が合わず、<br>
ガルニエでは何も見れなかった・・残念。<p>

左右２ケ所開いている桟敷席からは客席とステージが見られる。<br>
数日後に行われる小沢征爾指揮の公演の舞台設営が始まっていた。<p>

<img src="http://www.cpara.com/blog/archives/garnie-03.jpg"></a><br><br>

そのおかげでホール内が明るくシャガールの天井画が良く見ることができた。<br><br>
<img src="http://www.cpara.com/blog/archives/tenjyo-2.jpg"></a><p>

午後は<a href="http://www.printemps.com/" target="_blank">デーパート</a>で御買い物<br>
まずはオペラ座近くのプランタンデパートの<a href="http://www.printemps.com/international/services/restaurants/" target="_blank">カフェFlo</a>で昼食。<br>
結構込んでいて、しばし並んで入る。人気のレストランのようだ。<br>
フランス語がよく判らないので、判別可能な料理を頼む。<br>
パンが食べ放題がフランスレストランの基本だそうでそれはちょっと嬉しい。<br>
隣の若い夫婦が小さな子供を連れて食事をしていたが、塩がなかったのか<br>
うちの奥さんに「ちょっとお塩取ってくださる？」という感じで腕をつつく。<br>
不思議に旅行者でもすぐに街に馴染めそうな雰囲気漂う国際都市ではある。<p>

お土産品を買い込んで、夕方にホテルに帰った。<p><br><br>


夜は新オペラ座でバレーを見ることに。<br>
これは事前に<a href="http://www.opera-de-paris.fr/" target="_blank">オペラ座のホームページ</a>からチケットを購入しておいた。<br>
演目は「シーニュ」というモダンバレー。<br>
（本年４月１３、１４日に愛・地球博に合わせて<a href="http://event.chunichi.co.jp/paris-opera-ballet/index.html" target="_blank">来日</a>し、<br>
名古屋で上演されたようです）<p><br>

ホテルからメトロでバスティーユへ行く。ホテルからは３駅程。<br>
中々近くて便利。<p>

時間が無かったのでホール近くのファーストフードで軽食を取る。<br>
アルバイトの男の子に英語で話しかけると、「だめだよぼく英語苦手なんだよ・・」<br>
という感じで，隣の女の子に助けを求めている・・・ちょっと初々しくて可愛らしい。<p><br>


バスティーユは同じオペラ座でもガルニエとは違い近代的なホールである。<br>
以前はガルニエがバレエ、バスティーユがオペラと決められていたようだが、<br>
現在は演目によって振り分けられているようである。<br><br>

ホールの受付でチケットを渡すと日本語で挨拶された。<br>
観光客慣れた街だなと感心する。座席番号を確認し丁寧に進路を指示してくれた。<br>
客席に入る前のところで案内係がいたのでチケットを渡す。我々の席は３等。<br>
舞台に向かって左側端。日本のホールの感覚では舞台が全部見えないのでは・・と思ったのだが、<br>
意外によく見える。<br>
これで約３０００円は安いものだ。<br>
（ちなみに日本とは違って座席番号は、客席の中央から偶数、奇数に分けてしまうようで、<br>
お隣の席でも飛び番号になるので心配しないように(^^ゞ・・・ちなみに私は２枚一緒に買ったのに<br>
なぜ隣ではないのかとかなり不思議に思っていた）<br><br>

お客さんの服装は1等に座っている人の中に妙にドレスアップした人が見られる他は極めて普通の服装。<br>
ジーパン姿の中年紳士も意外に多い。開演時間頃には空席が全く無いのではないかと思う程の満席状態に。<br>
注目の演目の内容はフランス語のプログラムの解説が全く判らなかったせいでよく理解できなかったが、<br>
踊りが超一流であることと演出が極めて創造力豊かなで、きわめて美しい舞台で大変興味深いバレーであった。<br>
途中、退席するダンサーの動きが面白く、お隣のフランス人の御夫人は声を発てて笑っていた。<br><br>

音楽はアンビエント系＋音響派＋ポップなメロディーといった趣か？。<br>
繰り返しが多く単調。<br><br>

休憩無しの４場に渡る作品。終わった後のお客の拍手の重量感に驚く。<br>
日本の普通の公演のぱらぱらでてくる拍手とも、有名アーティストの公演のときの我先に・・<br>
という拍手とも違う。心のこもった暖かい拍手だった。<br>
そしてブラボーブラボー、拍手が手拍子に。バレエ団のメンバーも嬉しそうな笑顔。<br>
このバレエ団を心から愛し、誇りに思っているそんな感じがした。<br><p>


終演後、お客さんはほとんどがメトロの駅に吸い込まれていく（単身の若い女性も・・・）。<br>
一瞬、メトロで帰ろうかと思ったが、不馴れなパリ大事を取ってタクシーにした。<br><br>

]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>パリ日記～２日目</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/04/post_2.html" />
<modified>2006-08-18T13:48:38Z</modified>
<issued>2005-04-24T02:36:17Z</issued>
<id>tag:blog.cpara.com,2005://2.3</id>
<created>2005-04-24T02:36:17Z</created>
<summary type="text/plain">２日目は市内観光。 観光バスはパリルック前から出発。なんか時差ぼけで体がほてって...</summary>
<author>
<name>YOSSY</name>
<url>http://www.cpara.com/</url>
<email>yossy@cpara.com</email>
</author>
<dc:subject>パリ日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.cpara.com/">
<![CDATA[<p>２日目は市内観光。</p>

<p><br />
観光バスはパリルック前から出発。なんか時差ぼけで体がほてってる感じ。</p>

<p><img alt="parislook.jpg" src="http://www.cpara.com/blog/archives/parislook.jpg" width="328" height="246" /></p>

<p>ちなみに上はバスからとった向かいのお店。（パリルックにあらず）</p>

<p><br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>２日目　市内観光。</p>

<p>昨日の夜のツアーでは行けなかったモンマルトルの丘に行った。</p>

<p><img alt="image014.jpg" src="http://www.cpara.com/blog/archives/image014.jpg" width="205" height="154" /></p>

<p>この丘の上にはサクレクール寺院というカトリックの教会がある。</p>

<p>建物の上部は丸いモスク風。</p>

<p>この丘からの眺めは大変良いのだが丘のふもとにパリ最大の歓楽街を控えていて</p>

<p>大変治安が悪いそう。</p>

<p><img alt="image012.jpg" src="http://www.cpara.com/blog/archives/image012.jpg" width="205" height="154" /></p>

<p><br />
夜、教会にきたい人は昼間の内から入って朝までいて下さいと言われた。</p>

<p>教会は２４時間あいているらしい。</p>

<p>寺院内に売店があるいろいろ興味があるものがあったがあまり時間がなくて</p>

<p>ゆっくり見れなかった。</p>

<p>残念。</p>

<p><br />
午後にはシテ島にあるノートルダム寺院に行く。中は人でいっぱい。</p>

<p><img alt="image016.jpg" src="http://www.cpara.com/blog/archives/image016.jpg" width="217" height="160" /></p>

<p><br />
常にざわざわしていて、これで通常の教会の日課がきちんとできるのか、</p>

<p>他人事ながら少々心配になる。</p>

<p>祭壇の前辺はお祈りをする人の為のスペースとして一般の観光客の流れからは</p>

<p>区切られている。</p>

<p>ステンドグラスはさすがに深いヨーロッパの伝統を感じさせとても美しい。</p>

<p><img alt="image018.jpg" src="http://www.cpara.com/blog/archives/image018.jpg" width="147" height="194" /></p>

<p><br />
外の階段を登って寺院の上に行くこともできるようで、</p>

<p>かなり並んで登った（階段デス）。</p>

<p>階段登ってすぐのところに売店がある。</p>

<p>メシアンのCDとかが並んでいてちょっと興味があって帰りに寄ろうと思ったら、</p>

<p>帰りは入れてくれなかった。</p>

<p>人が多いので入場規制をするための調整場所として利用している風。</p>

<p>以前、ここから飛び下り自殺があったそうで、現在は金網で保護されている。</p>

<p><img alt="image020.jpg" src="http://www.cpara.com/blog/archives/image020.jpg" width="235" height="173" /></p>

<p><br />
ホテルへの帰り道カルチェラタンの商店街をのぞいてみる。</p>

<p>ハムやチーズの店が品揃えが豊富。酒屋で今晩飲むワインを買おうと思い立つ。</p>

<p>フランス語で話しかけられるが理解不能(^^ゞ。</p>

<p>店内にいた日本人が助け舟を出してくれる。</p>

<p>どんなワインがよいのか？とかどこ産がよいのか？とかいろいろ聞いてきて、</p>

<p>要するに高いワインを買ってほしそう。</p>

<p>今晩飲み切ろうと思っていたので小さい小瓶にする。</p>

<p>フランスパンはホテルのご主人お勧めのパン屋でバゲットを買う。</p>

<p>夕方ので夕食用のパンを買うのか長蛇の列。「あれ」と指差しパンを買う。</p>

<p>スーパーでその他食品を物色。海外旅行するとレストランで食事をするより</p>

<p>こういった買い物をするのが意外に楽しい。</p>

<p>見たことのない食材とかお菓子とかあると思わず買いたくなる。</p>

<p>あ～これが安いとかこれが高いとか、以外にこういうところでその国の文化とか</p>

<p>経済が見えてきたりする。</p>

<p>スーパーではハムとヨーグルトみたいなものを買う。</p>

<p>ホテルの部屋で買ってきたもので簡単な夕食。ワインは安いのに香りもあって美味しい。</p>

<p><strong>バゲットは最高！！</strong></p>

<p>手でサクッとちぎれるバゲットって日本じゃ見たことない。</p>

<p>このウマさは何だと驚く。</p>

<p>今まで日本でまがい物つかまされてたのじゃぁ・・・と思ったり。</p>

<p>（フランスのパンは少々作り方が違うらしい。日持ちはしないそう。だからウマいのか？）<br />
<br><br><br></p>

<center>つづく</center>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>パリ日記～１日目</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cpara.com/blog/archives/2005/04/post.html" />
<modified>2008-02-21T17:40:17Z</modified>
<issued>2005-04-23T07:32:52Z</issued>
<id>tag:blog.cpara.com,2005://2.2</id>
<created>2005-04-23T07:32:52Z</created>
<summary type="text/plain">ちょっと古いねたですが・・・・・昨年、初めてパリに行ってきたのでその時の旅日記を...</summary>
<author>
<name>YOSSY</name>
<url>http://www.cpara.com/</url>
<email>yossy@cpara.com</email>
</author>
<dc:subject>パリ日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.cpara.com/">
<![CDATA[<p>ちょっと古いねたですが・・・・・昨年、初めてパリに行ってきたのでその時の旅日記を</p>

<p>掲載したいと思います。 </p>

<p>パリに行ってきた・・と言うと「コンサート？」とか「勉強に？」</p>

<p>とか必ず聞かれるので すが、純粋な観光です！！（キッパリ） </p>

<p>日本ではそろそろ桜が咲こうかという春先の時期の春のパリ滞在記。 </p>

<p><br />
よろしかったら　ご覧ください。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>３月某日 </p>

<p>成田空港を出発。空港で見たパリの週間天気予報では着いた日は</p>

<p>気温が１８度とのこと。予想以上に暖かそう。</p>

<p>冬用のコートを持っていこうかどうか悩んでいたが持ってこなくて</p>

<p>正解のようである。</p>

<p>パリまでは全日空206便（直行便）１１時５０分発で行くことになる。 </p>

<p><img src="http://www.cpara.com/blog/archives/image001.jpg"><br />
　<br />
途中、スカンジナビア半島付近で雲が切れ、白く雪で被われた地表が見えた </p>

<p>DVの望遠で見ると、飛行場、倉庫など建物まで確認できた。</p>

<p>下は高度11000付近からのフィンランドの写真である。 なかなか美しい。 </p>

<p><img src="http://www.cpara.com/blog/archives/image002.jpg"><br />
　<br />
シャルル・ドゴール空港に着いたのは午後の４時２０分。</p>

<p>時差の８時間を含んでいるので１２時間のフライトである。</p>

<p>狭いエコノミーのシートでは少々疲れる。シャルルドゴール空港は</p>

<p>成田などにくらべるとずいぶんと人出も少なく活気が無い感じ。</p>

<p>動く歩道があったのでとりあえず乗ってみる。</p>

<p>人が入ると動き出すのかと思ったら全然動かない。</p>

<p>日本人ばかりが動く歩道を歩いている。</p>

<p>入国の際は手荷物検査とかが有りそうなものだが、なんだか分からぬまま</p>

<p>外に出てしまった。迎えにきてくれた旅行会社の方に聞いたら</p>

<p>「それで済んだのならそれで構いません」とのこと。</p>

<p>スペインで大きなテロが有ったこの時期、大丈夫なんだろうか？ </p>

<p>と、少々心配になる。</p>

<p>旅行会社のワゴンでパリ市内へ。 </p>

<p>運転手さんの運転は結構荒っぽい。通り過ぎてゆ行く風景は数十年前の</p>

<p>フランス映画に出てくる古ぼけた町並みや薄汚れた車ばかりで少々驚く。<br />
　<br />
同乗の他のお客さんを降ろした後、私達のとまるホテルに着いた。</p>

<p>カルチェラタンの外れにある、ホテル<a href="http://www.hotel-paris-lademeure.com">「ラドムール」</a>が一週間の滞在場所となる。</p>

<p>数年前に出来たばかりの小奇麗なプチホテルである。</p>

<p><img src="http://www.cpara.com/blog/archives/image003.jpg"></p>

<p>（といってもアパートか何かを改装してできたホテルだと思うが）下はベランダからの眺め。 </p>

<p>従業員の対応も良く居心地は良い。部屋もきれいだった。</p>

<p><img src="http://www.cpara.com/blog/archives/image004.jpg"></p>

<p>シャワーのお湯が出ないとか制限があるとかそういったトラブルは無く</p>

<p>快適に過ごせそう。</p>

<p>ADSLが部屋にあると聞いていたのだが、私達のへ部屋にはそのような</p>

<p>ジャックは無かった。（無線LANという可能性もあるが）<br />
　<br />
少々休んでから明るいうちにメトロで市内に出かける。<br />
　<br />
着いてそうそう今夜はパリ市内のイルミネーションツアーに行くことになっている。</p>

<p>夜の9時50分にオペラ劇場に程近い免税店前に集合とのこと。</p>

<p>その時間、免税店は勿論閉っているし、近くのデパートも閉店しているはずとのこと。</p>

<p>おまけに人通りの無いところは危険ですので気をつけて下さいと言われた。</p>

<p>そんな夜遅く、早めに着いてしまったらどこで待てば良いのかと思案にくれる。</p>

<p>結局、奥様と協議の結果、オペラ劇場近くのレストランを予約して</p>

<p>そこで時間まで食事の時間とした。しかしそのレストランを探すのが大変で、</p>

<p>オペラ劇場がどれなのかも判らず（どの建物も立派に見えて意外に判別がつかない）</p>

<p>うろうろしている内に辺りは真っ暗に。人通りの無い暗い道も通らざるを得なく</p>

<p>なったりして、むしろこちらの方が危険だったかもしれない。 　</p>

<p>危険と言えば、パリは治安が悪いと言う話を聞いて、妻は事前にフランスの女性が</p>

<p>よく使っているというショルダーベルトの短いバックを持っていった。</p>

<p>肩から下げたままベルトを掴み脇にバックを挟めることができるので、</p>

<p>防犯上効果的らしい。確かに現地の女性もこのタイプのバックを持っている人が</p>

<p>多かった。日本人観光客は特に狙われやすいので注意し過ぎるくらい注意して下さい</p>

<p>とツアーガイドに言われる。なんでも日本人が狙われるようになったのは、</p>

<p>以前ブランド物の買い付けにきた日本人がスリの被害に遭い、数千万円の現金を</p>

<p>すられたそうなのだが、その時の話がスリの間に広まり日本人を狙えば儲かる</p>

<p>という話になったとか・・まったく物騒な話であるが。</p>

<p><br />
夜のパリは美しい。どこもかしこもライトアップされ歴史的建造物が夜の闇に浮かび上がる。美しい街並みである。<br />
<img src="http://www.cpara.com/blog/archives/image005.jpg"></p>

<p>ホテルに着いたのは夜中の１時半ぐらい。それぞれのツアー客をホテルまで</p>

<p>送るのに１時間半はかかった。私達はほとんど最後の方。</p>

<p>言ってくれれば途中で降りてタクシーで帰ったのに、と夫婦で憤慨する。</p>

<p>１時間以上早く着いたはずだ<br><br><br></p>

<p><br />
<center>２日目につづく・・・</center></p>]]>
</content>
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<title>Blogはじめてみる・・・</title>
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<modified>2006-08-07T09:10:39Z</modified>
<issued>2005-04-22T15:06:56Z</issued>
<id>tag:blog.cpara.com,2005://2.1</id>
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<summary type="text/plain">ほとんど放置状態になっている本家Webサイトですが、怠け者の私でも Blogなら...</summary>
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<name>YOSSY</name>
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<email>yossy@cpara.com</email>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
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<![CDATA[<p>ほとんど放置状態になっている本家Webサイトですが、怠け者の私でも</p>

<p>Blogなら続けられるかと始めてみました。</p>

<p>とりあえずMovableTypeをインストールするところから始めなければいけなくって</p>

<p><a href="http://lolipop.jp/">ロリポップ</a>の設定マニュアルを見ながら立ち上げられました。</p>

<p>うちのレンタルサーバーが対応している保証はなかったのですが</p>

<p>やってみたらうまくいった・・・という程の感じではありますが。</p>

<p>とりあえずボチボチ何かを書いていきたいとは思っています。</p>

<p><br />
デハまた。</p>]]>

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